文化

ロシア人の時間感覚

「今何時?」には必ずキリ番?!

あるロシア語の授業でのこと。その日は時間の表現を習っていました。

Сколько сейчас времени?
「今、何時ですか?」

これに対し、日本人学生(=かつての私)は時計を見て律義にこう答えます。

Сейчас одиннадцать часов сорок восемь минут.
「今、11時48分です」

すると、ロシア人の先生は不満足そう。時計の時間は確かに11時48分なのに。しかし、先生曰く、

「そんな律義に1の位まで時間を答えるロシア人なんかいない」

そして正解は次のようになります。

Сейчас одиннадцать часов пятьдесят минут.
「今、11時50分です」

「без…(○分前)」という表現を習っていれば、「без десяти двенадцать(12時10分前)」ということもできます。しかし「12時12分前」とは言わないわけです。

こんな説明を聞いてる間にも「50分」になっていそうですが、とにかく時間の1の位は言うんじゃねぇ、つまり時間はキリ番で言えという強いお達しを受けました。授業中に。

ロシア人独特の時間概念

時間をキリ番で言うというのは、おおざっぱであるけど、おおらかでもあるなぁと、私は感心しました。

よく考えたら、日常生活で「今何時?」という問いに対し、何十何分という極めて正確な時間の情報が必要なことなどほとんどありません。そして、正確な時間の情報が求められるとき、例えば「試験の残り時間があと何分」とか「陸上競技のタイム」といった場合には、ロシア人だってちゃんと何十何分と正確に答えるはずです。

しかし、ロシア人と待ち合わせをするような場合には、この「おおらかさ」を考慮に入れておかなければなりません。

ロシア人には時間の正確さ、几帳面さについて独自のイメージがある。

出典:『Можно? Нельзя? Практический минимум по культурной адаптации в русской среде』(『OK? ダメ? ロシア社会での文化受容に必要な実用ミニマム』)、N.Volskaya他著、2004年、11ページ(拙訳)

「独自のイメージ」って……。客観的には、誰の時計の上でも同じ時間が流れているはずなのに。時計が壊れていなければ。

いや、それ以前に時計というものの存在価値そのものを揺るがしかねない「独自のイメージ」……。

独自の時間イメージをもった人との待ち合わせはなかなか大変です。

例えば、デートの待ち合わせ。

女性の私が言うのもおかしな話ですが、デートの待ち合わせで30分程度の遅れなら良しとしなければなりません。その方が精神的に良いでしょう。

出典:『男と女のロシア語会話術 学校では教えてくれない!』、マフニョワ・ダリア著、TLS出版社、2010年、85ページ

女性は何かと時間がかかるということです。しかし、男性は恋人の遅刻に対して怒ってはいけませんし、自分が遅れることもいけません(笑)

このくだりを読んで思い出したのですが、私の語学研修中、ロシア人カップルがパーティに誘ってくれたのはいいけれど、待ち合わせ場所には彼氏と私しか現れず、二人して彼女を小一時間待ちぼうけ。彼氏は待っている間はブツブツと言ってましたが、確かに彼女に怒ることはなかったなぁ。

(頭の中で「」が浮かんだ方! そう、スマホもケータイもまだない時代でしたとも!)

私が個別で待ち合わせをするようなときでも、ロシア人の遅刻はしょっちゅうありました。特によく遅れてきたのが学校の先生。30分とか40分待たされることもありました。もはや待つ私も私ですが……。だいたいの場合、交通事情が遅刻の理由です。

もちろん、中には時間に正確な人もいます。私の3分ほどの遅刻すらも許してくれないロシア人の友人もいました。(彼女は民族的にはフィンランド系だったかな……)でも、私が遅刻されることの方が圧倒的に多い!

さて、『OK? ダメ?……』(前掲書)は続けて言います。

いつも遅刻する人、あるいは大幅に遅刻する人、あるいはいつも大幅に遅刻する人にロシア人はいらいらすることがある。それと同時に、ロシア人はふつう時間に対して自由にふるまうため、自分たちは几帳面でないことを認めている。例えば、10分ほどの遅刻は、ロシア人にとって全く許容範囲なのである。

出典:前掲書、11ページ(拙訳)

10分ぐらいの遅刻はほんとに何でもないように思えてきました(笑)

さらには、待ち合わせの時間そのものも「7時ぐらいに会いましょう」とか「じゃ、3日後ぐらいに」という大雑把タイムを指定します(前掲書、11ページ)。

……まぁ、最近は通信手段が発達したので、ラインやSMSで「ちょっと遅れるから先に行ってて~」なんてのは、日本でも増えたような気がしますが。

職場でもルーズ?!

再び前掲書からの引用です。

時間に対する同じような態度(引用者注:几帳面じゃない態度)は、「公的な場」でも見られることがある。例えば、交通機関の運行、何らかの機関や人の業務時間、受付時間が常に守られるわけではないのだ。

出典:前掲書、12ページ(拙訳)

交通機関の運行が守られないというのは、日本以外の国ではよく耳にすることです。でも、業務時間って、どういうこと?!

私自身はロシア系企業に勤めたことがないので、職場でのロシア人の仕事ぶりの詳細を知らないのですが、面白い記述を発見しました。

ロシアの現代作家アレクサンドラ・マリーニナの推理小説『Шестёрки умирают первыми』(直訳で「下っ端のやつらが先に死ぬ」、残念ながら本邦未翻訳)からの引用です。

普段はスヴェトラーナ・ナウメンコが最初に(職場に)やって来るんだが、9時15分より早く来ることはない。コロリョワも慢性的な遅刻魔で、9時15分ごろにやって来る。

出典:『Шестёрки умирают первыми』、A.マリーニナ、2003年(©2002)、ЭКСМО出版社、18ページ(拙訳)

とある組織で殺人事件が起こった。死体は朝1番に出勤したコロリョワが発見した……というところから物語が始まるのですが、その出勤模様が描かれています。

この職場は9時からが営業時間だというのに、受付嬢たちは9時に出勤した例がないそうです(笑)

ちなみにこのマリーニナのミステリーシリーズは、小説でありながら、ロシア人のリアルな日常が描かれていて一読の価値ありです。(あ、殺人事件がリアルな日常というわけではないですよ!!!)

受付時間が遅くなる裏にはこういう事情があったのか……って、単なる遅刻じゃないですか(呆) この職場に異動してきたばかりの上司もやはり呆れて(ロシア人全員が遅刻魔ではないということですねw)、「公的機関は決まった時間に開館しなきゃならん。9時って書かれているんだから、その時間には席についてなさい。……せめて君たち(受付嬢たち)のうちの1人が交代で9時より前に来るようにしなさい」(18ページ)ですって。なんて、融通の利く職場!!!

そういや、プーチンも……

遅刻魔という言葉で思い出しましたが、かの国のトップ・プーチン大統領も遅刻の常習犯でしたね。プーチンの場合は、国民的資質だけでなく、計算ずくであるとはよく指摘されるところですが……。

時間に対する寛容さは学ぶべきところ?

ロシア人と交流すると、「予定を立てたら、それは必定」という日本的気質が浮き彫りになることがよくあります。

「約束した時間を守る」「予定の時間通りに稼働」「電車は定刻に来る」……当たり前と言えば当たり前なのですが、「予定は未定」でもあるのです。

最近は日本でも電車の遅延が増えていて、駅などで「なんで来ないんだ! いつ電車来るんだ!」と怒鳴っている人を見かけることがあります。こんなとき、ロシア人のように、時間に対しておおらかで、のんびり構える方がよっぽど気が楽だよなぁと思ったりしますね。

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