名詞の格
名詞の話はまだ続くのか、と思われた方、本記事の「格」が名詞の話の中でも一番大きい内容となりますので、御覚悟を。
ざっくり言うと、「格」とは「文の中で名詞と他の語の関係を示すもの」です。
ま、そうですね。まずは、我らの母語である日本語で格の考え方を見てみましょう。
日本語にもある格
まずは例文を見てみましょう。
「桃太郎にキビダンゴを作った。」
もちろん、意味は分かりますよね? 単語ごとに区切ること……できますか?
- 「桃太郎」……知らない人はいない物語の主人公ですね。簡単に言うと、人の名前です。名詞です。
- 「キビダンゴ」……おばあさんが作ったアレです。岡山名物のアレです。食べ物の名前です。つまり、名詞です。
- 「作った」……この例文ではワケあって誰が作ったのか書いてませんが、何やら動作を表しています。動作を表す……つまり、動詞です。
ちなみに、「作った」は、厳密には1つの単語ではありません。「作っ(作る)」が動詞部分、「た」が動作が行われたのが今じゃないことを表していて、こちらは助動詞と言います。
さて、残っている部分がありますね。「に」と「を」です。これは何でしょうか?
言いたいことは分かりますが、強調しただけで説明になっていませんね(苦笑)
そうですね! これはつまり、「桃太郎」(名詞)という人と「キビダンゴ」(名詞)という物が、「作る」(動詞)という動作とどう関係しているかを表している訳です。英語では目的語とも言いましたね。
実は日本語では、この「を」と「に」が格を表しています。格助詞とも呼びます。格助詞は他にもありますが、日本語はひとまずこの辺で置いておきましょう。
ロシア語の格
ロシア語には、この「単語と単語の関係を表すもの」(=格)が6つあります。
- 主格
- 生格
- 与格
- 対格
- 造格
- 前置格
各格(カクカクw)の表し方については、別記事にして個別に見ていきますので、ここでは概要(基本の形と意味)だけお話しします。
主格
1つ目の格です。これは、みなさんがまず最初に覚える単語の形です。
これまで、名詞の性、数で出てきた単語を思い出してみましょう。
чемодан, виза, блюдо, часы
順に「スーツケース(男性名詞)、ヴィザ(査証)(女性名詞)、料理(中性名詞)、時計(複数名詞)」
これらはすべて主格形です。特徴をざっと挙げるとすると、こんな感じ。
- 辞書に出てくる形
- 単数であれば、名詞の性を見分けるのに便利な形
主格形の詳細は、こちら。
生格
「生む格……」 もはや、この名称から何のイメージも浮かばないですね(笑)
生格の意味は、一言で表すのが難しいのですが…… とりあえずは、日本語の「の」ということにしておきましょうか。(この説明、誤解を招きやすいので、なんとかしたいのですが、他に簡単に言いようがない!)
例えば、ここにボグダン(Богдан)という人がいたとします。バクダンじゃないです、ボグダンです。(ボグダンという名前の話はこちら)
「ボグダンのスーツケース」をロシア語にするとこうなります。
чемодан Богдана
チマダーン ボグダーナ
ボグダンという人の名前が「ボグダナ」となってしまいました!
こういう名詞の変化が生格形です。
そうですね。でも、もちろん女性に生まれ変わったわけではありません。
人の名前以外でも同じことが起こります。例えば……
дно чемодана
ドゥノー チマダーナ
「スーツケースの底」(дно=底)という意味です。今度は「スーツケース」が変化しましたね。変化しましたが、чемоданаはもちろん、女性名詞に生まれ変わっていません。これは、男性名詞の生格形です。
上の主格のところでも書きましたが、主格以外になると「名詞の性を区別するのが大変になる」というわけです。
また、語順も気になる方がいるかもしれませんが、「の」以外の意味や、語順については、別記事に譲ります。
生格形の詳細はこちら。
与格
この格は、漢字から推測しやすいのではないでしょうか。
「与える格」、つまり「~に」を意味しています。英語では間接目的語とも呼ばれていたやつです。
例文を見てみましょう。
Я купил Богдану чемодан.
ヤー クゥピール ボグダーヌゥ チマダーン
「僕はボグダンにスーツケースを買った」
またしても、ボグダンという名前が変化しました! 今度は「Богдану」となりました。これが、買ってあげた相手を表しています。これが与格形です。
ちなみに、「я」は「私、僕」、「купил」は「買った」です。
与格形の詳細はこちら。
対格
いわゆる「(直接)目的語」です。日本語で言うなら、「を」に近いです。多分、一番わかりやすい格です。一番わかりやすいけれど、一番混乱しやすい格でもあります。
例!
Я купил Богдану чемодан.
ヤー クゥピール ボグダーヌゥ チマダーン
「僕はボグダンにスーツケースを買った」
先ほどと同じ例文ですが、注目すべきは「スーツケース」の方。
そうなんです。見た目上は、何も変化してません。つまり、主格形と同じ。でも、この文を見ると、「買った」という動詞が入っています。
人から突然、「買ったよ~」なんて言われたら「何を」買ったか気になりません? うん、気になりますよね(強引)
つまり、「買う」という動詞には「何を」に相当する直接目的語(対格形)が必要です。なので、ここでは「スーツケース」は目的語であり、対格形となっています。ただし、見た目は主格形と同じなのです。
しかーし。
次の例を見てみましょう。
Я купил Богдану кота.
ヤー クゥピール ボグダーヌゥ カター
「僕はボグダンにオス猫を買った」
「кота」は「オス猫を」という意味です。ちなみに、「オス猫」の主格形(辞書形)は「кот」です。
そうです。見た目上は生格形に見えますよね。しかし、先ほども言ったように、「買う」という動詞には「何を」にあたる対格形が必要です。そして、実はこの「а」を付けた形が対格形なのです。
なぜ2種類あるかというと、ここで「活動体」「不活動体」の区別が大事になってきます。(→名詞について③(活動体・不活動体))
以上をまとめると、こうなります。
- 不活動体名詞(モノ)の対格形……主格形と同じ
- 活動体名詞(ヒト)の対格形……生格形と同じ
対格形の詳細はこちら。
造格
生格と同じように、一言では説明しにくい格なのですが……ひとまず「~で」と言っておきましょう。
Богдан ударил меня чемоданом по голове.
ボグダーン ウダーリル ミニャー チマダーナム パ ガラヴィェー
「ボグダンは私の頭をスーツケースで殴った」
よい例文が思い浮かびませんでした……。ボグダンは悪い人ではありません。ちなみに「ударил」は「殴った」、「меня」は「私を」、「по голове」は「頭を」(説明は省きますが、殴った部分を表現している)です。
この例文では、「ボグダン」は変化していません。動作主=主語なので、主格形のままです。「スーツケース」は「чемоданом」と変化しました。これが造格形です。
造格形の詳細はこちら。
前置格
名前の通り、「前置詞」と一緒に使う格です。意味は「前置詞」によって決まりますので、「前置格の意味はこれです!」と言うことができません。
例文を見てみましょう。
Кот на чемодане.
コートゥ ナ チマダーニェ
「オス猫はスーツケースの上にいる」
「на」は前置詞で、ここでは「~の上に」という意味です。前置格形となったスーツケース(「чемодане」)と合わせて、場所を表しています。もう1つ例文。
Кот в чемодане.
コートゥ フ チマダーニェ
「オス猫はスーツケースの中にいる」
「в」は前置詞で、ここでは「~の中に」という意味です。以下同文。
注意すべきことが1つあります。前置格形は必ず前置詞と共に用いるのですが、前置詞が付いていれば、その後は必ず名詞の前置格形が来るかというとそうではない、ということ。つまり……
- 名詞の前置格形 → 前には必ず前置詞がある 〇
- 前置詞がある → 後には必ず名詞の前置格形 ✕
前置格形の詳細はこちら。
名詞の格(まとめ)
ここでは、男性名詞のБогдан「ボグダン」とчемодан「スーツケース」を中心に、格の概要を見ていきました。
主格 | Богдан | чемодан |
---|---|---|
生格 | Богдана | чемодана |
与格 | Богдану | чемодану |
対格 | Богдана | чемодан |
造格 | Богданом | чемоданом |
前置格 | Богдане | чемодане |
そうです。そして、本記事で見てきた格の変化は、「男性名詞の中の1つのタイプ」です。逆に言うと、まだいくつか変化のタイプがあるということです。
そう。男性名詞と女性名詞の変化のしかたは、だいぶ違います。さらには、複数名詞の変化もあります。
名詞の変化でねを上げていてはいけません。動詞も変化しますし、形容詞も変化します。ほとんど修行のようです。でも、あなたのチャレンジ精神を試すツールとしてはもってこいですよ(笑)
以上、名詞の格でした。