雑記

ゴーゴリのトロイカ②(日本語バージョン)

学生の目に映った90年代モスクワ

1994年9月から1995年3月までの約半年を、私はモスクワで過ごしました。モスクワへはロシア語の勉強のために行ったのですが、もちろんそれが唯一の目的ではありません。何よりもロシア人の生活ぶりが知りたかったし、ロシア人がどうやって暮らし、どんな問題を抱え、モスクワの今の生活をどう捉えているのかを理解したいと思っていました。

ご存知のように、ロシアではすべてが文字通り毎日変化しています。そしてモスクワはすべての変化の中心地です。例えば、私がモスクワにいた半年の間で、モノの値段が2倍に跳ね上がりました。街の様子も見る間に変わっていきました。ある朝、外に出ると住んでいた家の周りがすっきりと何もなくなってしまいました。どうやら、一晩のうちに路上のキオスクがほとんどすべて取り払われてしまったのです。

私はモスクワの生活を驚くほど不安定だけど、同時にとても面白いと思いました。でも、できるだけニュートラルに物事を見るようにしていました。

そしてこの変化の激しい生活の中で私はロシア人(特に私の両親ぐらいかもっと上の世代の人たち)から、生活がなんだかおかしくなってしまった、気でも違ってしまったようだというのをよく聞きました。彼らは口々に言います。「前はよかったけど、今はねぇ……」 実際、国が国民一人一人に仕事と無料の教育と医療を保障していました。上の世代の人たちがソ連時代の暮らしがどれほどよかったかと話すのはとても嬉しそうです。かつては、自由に劇場や映画館に行き、夜遅くまで歩き回ることもできたのに、と。しかし、今日の話となると、重いため息をついたり、痛々しい微笑みを浮かべるのです。明らかに前の生活を懐かしんでいます。

以前の方が暮らしやすかったという点については、若い世代も賛成しています。学生は、映画やカフェに行くにも十分な金額の奨学金を得ていました。しかし、今の暮らしは問題だらけです。ある時、こんなことを言われました。「あなた、ロシアに一生暮らすわけじゃないから幸せね」と。ただただ驚くばかりでした。

しかし、若い人たちは悲観的ではないように思いました。ロシアの学生たちは、どうにかこうにか仕事は見つけられているし、暇があれば、みんなで集まって、楽しく時間を過ごしています。私たち日本の学生となんら変わるところがありません。何より大事なのは、ほとんどすべての若者が例外なく、暮らしはずっと良くなったと考えていることです。だって「自由」が現れたのですから。これはとても大事なことです。

子供に関していうと、もちろんスニッカーズを食べたり、新しいきれいなおもちゃで遊んだりするのを楽しんでいます。子供たちは新しい世代で、新しい時代を生きているのです。面白い出来事があったのですが、ある家族の家に遊びに行ったとき、親が5歳の息子に国旗の絵が描かれた絵本を見せていました。すると、その子供が尋ねるのです。「ソビエト連邦って何?」 すごくないですか?

そもそもロシアでは今、何が良くて、何が悪いのかを決めるのがとても難しいです。もちろん、今のロシアの状況は最高とは言えません。それどころか最高からは程遠いとも言えます。今のロシアはこれまでにないぐらいゴーゴリのトロイカに似ていると言えます。どこに向かっているのかわからずに疾走するゴーゴリのトロイカに。しかし、ロシア人たちは辛抱強く、すべてが良くなるだろうと信じて日々を暮らしています。その信じる力、辛抱強さには頭が上がりません。ロシア人があらゆる困難に打ち勝ち、まっとうな生活を送るための自分の道を見つけることを、私は心から願っています。(1995年)

ロシア語原文バージョンはこちら

あれから四半世紀……

ロシアはどう変わったか、自分の道を見つけたのか……。

現在の世界情勢は、ロシアに限らず、どの国もゴーゴリのトロイカのように、どこへ向かって疾走しているのかわからない状態にあるように感じます。そんな中、リヒーエ90年代と言われた10年を経たロシアは、自分の道を見つけた、というより、自分の道を自ら築きつつあるといったところでしょうか。いずれにせよ、ロシア人たちは持ち前の忍耐強さと力強さで、新しい社会の波を乗りこなしているように感じます。

私自身、ロシアと四半世紀を超える付き合いをした結果、ロシアの何がわかったか……結局、未だに何が良くて、何が悪いのか、判断するのは難しいように思いますが、一つ言えるのは、飽きのこない面白い国だ、ということですね。(四半世紀の語彙力!(苦笑))

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