ヒトかモノか
ロシア語の名詞は、性、数だけでなく、「活動体」と「不活動体」という分類の仕方もあります。(本記事では、名詞の性、数について触れますので、先にこちらをお読みください。→名詞について①(名詞の性)、名詞について②(名詞の数))
でも、日本語話者ならこの区別はそんなに違和感がないかもしれません。例えば……
- あそこに知らない人がいました。
- 「あそこに知らない荷物がありました」
存在を表すのに、「いる」と「ある」を使い分けています。これはざっくりと「ヒト」と「モノ」を分けて考えていることの現れです。
ロシア語にもこの区別があるということです。
不活動体名詞、つまり「モノ」
名詞とは何ですか? と聞かれたら、どう答えますか?
そうですね。それが一番シンプルな説明です。「モノの名前」です。
「不活動体名詞」とは「モノ」を表す名詞すべてを指します。
中性名詞は基本的にほぼすべて「不活動体名詞」です。(例外あり)
これに対し、男性名詞、女性名詞は意味を考えなければなりません。
- чемодан 「スーツケース」(男性名詞)
- шампунь 「シャンプー」(男性名詞)
- музей 「美術館」(男性名詞)
- сумка 「カバン」(女性名詞)
- неделя 「週」(女性名詞)
- болезнь 「病気」(女性名詞)
いずれも、「モノ」の名称ですね。
※単語中、赤文字の部分にアクセントがあります。
そうですね、大事なのは「ヒト」じゃない、というところです。
活動体名詞、つまり「ヒト」
「名詞について①(名詞の性)」で、名詞の性は実際の性別を反映するという話をしました。実際の性別が反映しているものは、男性名詞であれ、女性名詞であれ、活動体名詞です。
- студент 「学生」(男性名詞)
- водитель 「運転手」(男性名詞)
- папа 「お父さん」(男性名詞)
- студентка 「女子学生」(女性名詞)
- дочь 「娘」(女性名詞)
いずれも確かに「ヒト」ですよね。これらは活動体名詞です。
さらに……
- кот 「オス猫」(男性名詞)
- медведь 「熊」(男性名詞)
- комар 「蚊」(男性名詞)
- кошка 「メス猫」(女性名詞)
- мышь 「鼠」(女性名詞)
- муха 「蠅」(女性名詞)
「動物」も「虫」も、活動体名詞です。「ヒト」の仲間です。一寸の虫にも五分の魂というやつです。ここは日本語と少し違うところ。
日本では、動物園で知らない動物を見た子供が「あれ何~?」と聞き、親が「あれは熊だよ」という会話が成り立ちますが、ロシア語では、動物に対して「何」は使いません。「誰」を使います。
– Мама, кто это? 「ママー、あれは誰?」(参照:旅2)
– Это медведь, сынок. 「あれはね、熊だよ、息子よ」
ロシア語から直訳するとこんな感じ。少々不自然な会話に聞こえますが、ロシア語では普通です(笑)
また、名詞の数にて、「複数形しかない名詞」の話がありました。この場合も、意味から判断することになります。
- люди 「人々」(複数名詞) → 活動体名詞
- деньги 「お金」(複数名詞) → 不活動体名詞
さて、中性名詞の例外の話。
「ヒト」であるならば、多くの場合、性別があります。そのため、基本的には中性に分類される「ヒト」はいません。が、言語に例外はつきものでして。
何と「животное(動物)」という語が中性名詞です。意味的にはもちろん活動体ですよね。
このほか、「насекомое(昆虫)」、「существо(生き物)」、「млекопитающее(哺乳類)」など。生きとし生けるものひっくるめちゃうと、男か女かを決定しがたくなるんですかねぇ?
この区別、必要……?
もしあなたが、「あいさつ表現とか、旅行用の単語を覚えているところです」という段階であれば、「ヒト」か「モノ」の区別を血眼になって覚えろということはありません。
しかし、ロシア語の文法に幸か不幸か足を突っ込んでしまい、「単語がえらく変化するなぁ」と気づき、「名詞の格が……」なんとところまで進んだら、「ヒト」か「モノ」かの区別は大事になってきます。
名詞の格については、名詞について④(名詞の格)で詳しく説明していきますので、ここでは名詞の活動体と不活動体が区別して使われるケースを少しだけ覗いてみましょう。
- Я купил чемодан. 「僕はスーツケース(男性名詞)を買った」
- Я купил платье. 「僕はワンピース(中性名詞)を買った」
- Я купил сумку. 「僕はカバン(女性名詞)を買った」
「я」は「私、僕」、「купил」は「買った」という意味です。買ったものはいずれも「モノ」(不活動体名詞)。
そうです、こういった変化のことを「格(格変化)」と言います。この変化は「カバン」が目的語であることを表しています。なぜ、カバンだけが変化するかの説明は、名詞の格に譲るとしまして、次を見てみましょう。
- Я купил чемоданы. 「僕はスーツケース(複数個)を買った」
- Я купил платья. 「僕はワンピース(複数着)を買った」
- Я купил сумки. 「僕はカバン(複数個)を買った」
今度は購入したものが複数個の場合です。スーツケースの複数形は「чемоданы」、ワンピースは「платья」、カバンは「сумки」でしたが、ここではそのままの形で使われています。(複数形についてはこちらでご確認を→名詞の数)
さて、次は「ヒト」が目的語となった場合はどうでしょう? 「買った」の目的語が「子供」だと笑い事ではないので、ネコちゃん購入のケースを考えてみましょう。
- Я купил кота. 「僕はオス猫(男性名詞)を買った」
- Я купил кошку. 「僕はメス猫(女性名詞)を買った」
- Я купил животное. 「僕は動物(中性名詞)を買った」
今度は、男性名詞も変化を始めました! 中性名詞は依然そのままです。では、次!
- Я купил котов. 「僕はオス猫(複数匹)を買った」
- Я купил кошек. 「僕はメス猫(複数匹)を買った」
- Я купил животных. 「僕は動物(複数匹)を買った」
名詞の数を参照していただくと分かると思うのですが、オス猫の複数形は「коты」、メス猫は「кошки」です。動物は少し特殊で、複数形は「животные」となります。しかし、上の例文では形が違っていますね。
つまり、これです!
名詞が目的語になる時に、この違いが大事になってくるということです。詳しくは名詞について④(名詞の格)へGO!
微妙なケース
植物の場合
命あるものを「活動体名詞」に含めるとすると、植物もこの仲間に入れたい人がいるかもしれません。しかし、入りません。(バッサリ)
「ヒト」「動物」から、辛うじて「虫」までが活動体名詞にランクインします。
死体は……?
逆に、「死体」(ロシア語ではмертвец、покойникなど)は活動体名詞に入ります。「ヒト」は死んでも「ヒト」の威厳を保つようです。
マトリョーシカは……?
みなさん、マトリョーシカはご存知でしょうか?
そう、これです。
ロシア語では、こう書きます。→ матрёшка(1体)、матрёшки(複数体)
マトリョーシカは女性名詞で、しかもお人形ですので、сумка(「カバン」、不活動体名詞)と同じタイプの変化のしかたをするはずです。
……と思いきや。
- Я купил матрёшку. (比較:сумку) 「僕はマトリョーシカ(1体)を買った」
- Я купил матрёшек. (比較:сумки) 「僕はマトリョーシカ(複数体)を買った」
なんと、ネコちゃん(比較:кошек)と同じ変化をするんですね~~~。
まぁ、気持ちはわからないでもないか……? 言語と認知の関係の面白いところです。
※ちなみに、オンライン辞書「Викисловарь」(ウィクショナリーのロシア版)によると、「матрёшка」は「活動体名詞」と明確に書かれておりました。また、ご丁寧に「人形の意味で用いる場合は、不活動体名詞として扱うこともある」とありました。日本で発行された辞書では、活動体・不活動体が明確に書かれてないことが多いんですよね~~~。
以上、活動体名詞・不活動体名詞についてでした。