一般書・文芸書

『声に出して読みづらいロシア人』松樟太郎著

『声に出して読みづらいロシア人』、松樟太郎著、ミシマ社、2015年

スヴィドリガイロフ・ロジェストヴェンスキー・ロストロポーヴィチ

とりあえず、本書で登場している3名の苗字を並べてみました。

確かにロシア人の名前はカタカナ書きにするとエグいです。頭の中では読み飛ばしてしまっている人が多いのではないでしょうか?

しかも、苗字だけでなく、名前も長ければ、父称なんてものも付いてくるのでエグさは一層です。さらには愛称、卑称がさらにロシア人名をボリューミーなものとしております。

本書では、著者曰く「ロシア人名の中でもとくに「名前の響きが怪しい」人を選んで」(1ページ)、その人物像と共に面白おかしく紹介しています。

何が面白おかしいかというと、著者の主観に満ち満ちているところですね。

……ポチョムキンの死の報に接した女帝が、大きなコマの中央で、悲しみに満ち溢れた表情をしてこう叫ぶ。

「ポチョムキン!!」

思わず大爆笑。シリアスな雰囲気がぶち壊しです。

(5ページ)

「ポチョムキン」とは、ロシアの領土を貪欲なほど押し広げたエカテリーナ女帝(1729-1796年)の愛人として有名な軍人の苗字です。

そして、「大きなコマの中央」というのは、「ベルばら」で有名な池田理代子作「女帝エカテリーナ」の中のワンシーンのこと。本書の著者曰く「池田先生こそ、ロシア人の名前の面白さを最大限に引き出したパイオニア」(5ページ)だそうです(笑)

いや、それにしても人の苗字を取り上げて「大爆笑」とは、考えようによっては失礼な話なのですがね。

ただ、私はすでにロシア人の苗字に耐性ができてしまっているのかもしれない。はるか昔に件の『女帝エカテリーナ』を読んだとき、「ポチョムキン」って見た目に不釣り合いな緊張感のない名前だなーと友達と話したような話してないような……。(いえ、すみません、確実に話してました。誰と話したのかさえ覚えてます。)

とにかくすべての苗字について、このようなノリの紹介となっております。

1点だけ更新情報が……

ちなみに、最初に挙げたカタカナオンパレードの中の苗字、1つ目はドストエフスキーの長編小説「罪と罰」の登場人物、2つ目は指揮者、3つ目はチェロ奏者の苗字です。

いずれもどういった人物なのかは本書でちゃんと愉快に説明されていますので、そちらを是非ご参照ください。

1点だけ補足ですが、2つ目の指揮者ロジェストヴェンスキー氏について、本書では、「80歳を超えてご存命。ぜひ長生きして、ご活躍してください」(65ページ)と紹介されていますが、昨年(2018年)、87歳でお亡くなりになったようです。(Царство ему небесное!(ご冥福をお祈りします))

本書のすごいところ①

「ロシア人の名前を面白おかしく紹介」しているという紹介だけだと、書籍紹介としてあまりに恥ずかしいので、いくつか本書のすごいところをあげてみます。

というわけで、1つ目。

各苗字は見開き2ページで紹介されていて、2ページ目の最後に「発音のコツ」なるものがあります。

当然のことですが、ロシア人の名前が日本語で紹介されるときカタカナ表記になります。日本人の名前をローマ字表記にするときにいくつかの規則がありますが、ロシア人名(に限らず、地名や出来事の名称をそのまま音読する場合)にも規則らしきものがあるわけです。

「ポチョムキン」にしても、「ロストロポーヴィチ」にしても、その規則にそったカタカナ表記というわけです。

カタカナ表記を私たちがそのまま読むと、ロシア人の発音と全く違ったようになります。

「発音のコツ」では、ロシア人風の発音方法が書かれています。そして、この説明がなかなか上手い! ……と、私は個人的に感心しております。

本書のすごいところ②

すごいところ②を言う前に断っておきますが、私は音楽に関してまったく造詣の深くない人間です。

そんな私が、本書を読んだ後、ここで紹介された作曲家の作品を一通り聞いてしまいました。

そんなわけで、本書の中で私のイチオシは「第4章 ときにはメロディーに乗せて【作曲家】」です。

どんな紹介をされていたかというと、それは本書を読んでのお楽しみ。音楽にまったく造詣の深くない私をして、実際にこれらの曲を聴いてみるという行動を起こさせるぐらいの「すごい」紹介がされていたということだけ申し上げておきましょう……。

繰り返しておきますが、私はまったく音楽について造詣は深くありません。

本書のすごいところ③

本書とはすこし離れてしまうかもしれませんが、この本を出版している会社、私はこれまで聞いたことがありませんでした。

「ミシマ社」

という出版社です。

本書は「コーヒーと一冊」というシリーズの「3」ということですが、クジラのロゴと共に、

「オモシロイヨ」

と書かれているのです。このクジラのロゴのかわいらしさに加え、「オモシロイヨ」と自己ハードルを上げる企業精神に私の心は鷲摑みされました。

ミシマ社のHPはこちら

なんだか楽しそうな会社。本書のような楽しいものが生まれる下地がここにあるんだぁ! と瞠目です。

個人的なお気に入り

本書では紹介されていませんが、個人的に響きが気に入っている人名があります。

ヌルスルタン

カザフスタン前大統領ナザルバエフの名前です。1991年に大統領に選出され、その後ずうっと大統領だったので、永年大統領かなと思いきや、今年ついに大統領を退きました(2019年3月20日付)。

退任の時期が悪かったのか、直後のエイプリルフールで「ナザルバエフ死亡」説が流れたようですが、現在もバリバリ現役で「国家指導者」として活躍中とのこと。

松氏のように「大爆笑」というのではないけど、私はどうもこの人の名前を聞くと「ニヤッ」としてしまいます。別に意味はないんですけど。

今年に入って、カザフスタンの首都名が変わったというニュースを聞き、やはり「ニヤッ」としてしまいました。なんと新首都名は「ヌルスルタン」です。これこそ死者に対する扱いのような気もするのですが、そういうお国柄なのでしょうね。

……話がそれてしまいましたが、コーヒー飲みながら一冊いかがですか? オモシロイヨ!

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